これはいつの話だっただろうか
当時大学生になったばかりだった僕は、麻枝光一さん著の”マリファナ青春旅行”などのサブカル本を通して、マジックマッシュルーム という不思議なキノコがあることを知った。
ウィキペディアによれば
”マジックマッシュルーム(Magic mushroom, shroom[注 1])は、トリプタミン系アルカロイドのシロシビンやシロシンを含んだ、菌類のキノコの俗称[1]。種は200以上存在し、世界中に広く自生している。毒キノコだが、主に幻覚作用であり重症や死亡はまずない[2]。”
て感じの、幻覚が見える毒キノコのことらしい。日本では違法らしいが、採取しなければ違法ではないとのことだった。
当時の俺は"そんなキノコがこの世に存在しているのか?...."という純粋な好奇心から食べてみたい!というような勇気は持ち合わせておらず、見るだけなら....と思い友人と二人でその幻覚の見える毒キノコを探しにいくことにした。
インターネットで調べて見ると、どうやらその種の毒キノコたちは牛の糞から生えるているとの情報を得た。牛の糞がある場所といえば、牧場しかない、と考えた僕たちは、すぐにグーグルマップで近くにある牧場を探した。幸いにも住んでいるところが田舎だったので、牧場はすぐに見つかった。
神秘的な毒キノコに興奮しきっていた僕らは、計画など何もなく、その日の夜に牧場へと忍び込むことにした。
深夜2時頃、僕たちは車を走らせて、山奥にある牧場へと向かった。キノコの生える時期など調べていなかったが、ちょうど梅雨の時期だったのでなんとなく生えていそうだと思った。
そして牧場の近くまで来た。車を横付けしてしまうと、怪しまれると思ったので、少しはなれた場所にあった山道に停車した。そしてそこからは徒歩で牧場へと向かった。
五分ほど歩いていると、牧場特有のなんとも言えない干した草のような匂いがしてきて、牧場についたことが分かった。
暗くて何も見えない。月あかりは雲によって遮られ、辺りに灯りらしきものは何もない。遠くの方に牛小屋らしき小屋があり、電気が付いていたが、人がいる気配はしない。
牧場は柵で覆われていたので、僕たちはスマホのライトをつけて、柵をよじ登り、牧場の中に侵入した。人に見つかるのが怖かったのでライトを手で隠して、わずかな光で探すことにした。
あたりは本当に真っ暗で、ライトで照らしてやっと足元が見えるほどだった。
前日の大雨のせいで、地面はところどころ泥沼のようになっている。スマホのかすかなライトで腰を90度に曲げながら足元を照らし、泥にはまらないように注意しつつ、牛の糞の上に咲く神秘の毒キノコを探した。
もちろんだが、なかなか見つからない。まぁそんなものだろう、欲しがれば欲しがるほどそれは僕たちから遠ざかって行くものだ。だがそんなこと考えたってどうしようもない。
気がつくと僕たちはキノコ探しに我を忘れるほどのめりこんでいた。ただキノコを探すことがこんなに楽しいとは思わなかった、不法侵入の緊張感もあって久しぶりにワクワクドキドキした。
真夜中のキノコ探しとギャンブルは似ていると思った、頼りになるのは手で薄めたスマホのライトのみ、”ツキ”はいつ目の前に現れるのかわからないが、ツキがやってくる”その時”をひたすら待つ、いや、待つというよりも”追う”だ、”ツキ”がやってくるその時を”待つ”のではなく追う、追って追ってツキを得る。
足を泥だらけにしながらも俺はひたすらに”ヤツ”を追った、刹那
「おい、、」
友達がそんな一言を発した。
とうとう”ヤツ”を捕らえたのか、ついにやったのか、興奮しながら友人のいる方向へとライトを向ける。
友人は固まっていた、人差し指を鼻に当て”静かに”というポーズをしながら。
そしてゆっくりと目の前を指差した。
ふと俺も気づいた、暗闇にいくつもの光が見えることに、それも、美しいエメラルドグリーンに輝く光だ
それが巨大な牛の群だと分かるまでに時間はかからなかった。
俺たちは囲まれていた、スマホのライトに興味を持って集まってきた、巨大な牛の集団に。
気がつくと俺は走っていた。
命の危険を本能的に悟った俺の脳は、友人のことなど忘れ、真後ろに向かって全力疾走をしていたのだ。地面がぬかるんでいて、うまく走れない。後ろを振り返る、友人も後からついてきた、俺たちが走り出すもんだから、何頭かの牛が興奮している。よくテレビで見るみたいに、片方の足で土を蹴り上げ、馬鹿でかい頭をブンブン振り回して助走をつけている。
そんなのを見た僕らは焦りすぎてうまく走れない、足がもつれてしまう。
追いかけて来ると思った、牛は俺たちなんかよりはるかにでかいし、それはそれは立派なツノもお持ちになっていた。
逃げた。
全力で逃げた。
ガードレールを友人とほぼ同時に乗り越え、後ろを再び確認する。
牛たちは追って来てはいなかった。
友人をライトで照らす、膝までひどく泥まみれだったので笑った、友人も俺を照らして2人で笑った。