シナプス全細胞の日記

お気軽にみてください。

あぁ、青春

小学校3年生くらいかな、僕は虫を捕まえるのがとても好きだった。だから給食を食べた後休み時間になると、虫かごを持って、全力ダッシュで校庭の隅にある草むらへと行くのが日課だった。

 

たまに友達と一緒に行っていたけれど基本的には周りの友達よりも珍しい虫を捕まえたいという謎の競争意識で、一人で虎視眈々と虫探しをしていた気がする。

 

もうどうしようもないくらい楽しくて楽しくて、なるべく早く行ってなるべく長く虫を探していたかった。小学生の頃の休み時間は短いのである。

 

草むらに入ると、カマキリ、カミキリムシ、トカゲ、バッタ、コオロギ、キリギリス、いろんな種類の虫がいた。そのか中でも、僕のお気に入り、というか、友達もみんな好きだったのが、カマキリとトカゲだ。

 

当たり前だ、カマキリなんかは2つの鎌をもっていて誰がどう見てもカッコ良かったし、トカゲだってあの恐竜を彷彿させるような見た目がめちゃくちゃカッコ良かった。

 

カマキリは比較的大人しいし、すぐに捕まえられるのだが、トカゲはそう簡単にはいかない。あいつらはめちゃくちゃ速いし、草むらの中に姿を隠してしまうと捕まえるのはほとんど不可能になる。だからトカゲを見つけたら足音を立てないように背後からゆっくりゆっくりと近づいていって、道端を歩いていたらふいに500円玉が足元に落ちていた時の要領で、素早く、ガバッと捕まえる必要がある。それが難しくてなかなか捕まえられないからトカゲは希少価値が高くて、持っているだけでクラスのヒーローになれた。だからみんな必死になってトカゲを探した。

 

でもそんなトカゲも、ヤツのスター性には敵わなかった。

 

トノサマバッタだ。

 

トノサマバッタは普通のバッタの10倍ほどの大きさをほこり、仮面ライダーみたいなイカツイ顔をしていてめちゃくちゃにカッコいいのだ。しかもやつは、警戒心が高い上に空を飛ぶこともできるから、捕まえるのは至難を極める。現れるのもごく稀になので、カマキリやトカゲの捕獲難易度とは比べ物にならない、高価な骨董品みたいなヤツなのだ。

 

そんな奴を、僕は一度だけ、自分の手中に収めたことがある。

 

ある日、いつものように虫取りをしていると、校庭の真ん中らへんにヤツがいるのを発見した。俺は幾度となくやつを逃してきていたので、今回こそはと最大限の集中力を持ってしてヤツに挑んだ。

 

余命数ヶ月の老人の如く、崩壊寸前のボロ橋を渡るかの如く、おれはゆっくりと、ゆっくりと、ヤツに、近づいた。

 

ヤツが目の前にまで来た時、俺は非常に高揚していた。ヤツを捕まえ、虫かごに入れれば、俺は間違いなくクラスのみんなから注目を集め、ヒーローになれる、やつは俺にとって権力の象徴だった、ヤツを掴み取ることは、すなわち、権力をこの手にすることと同義であったのだ。

 

身体の機能を最大限まで高め、最もスピードをだすための”脱力”、小三の僕は生意気にも虫取りからそんな技術を身につけていた。ゆっくり、ふわりふわりと、殺気を消し、呼吸を止め、思考を止め、無となり、空気となり、風に舞うたんぽぽの綿毛のような動きで、ヤツの背後まで手を伸ばした。

 

そして、一呼吸を置き、狙いを定め、刹那。

 

脱力した身体に瞬時に力を込め、一掴みで奴の上にかぶせた、そしてヤツ捉えた。自分でも信じられなかった、今、自分の手の中にはとんでもなく巨大な感触がある、何度もの屈辱と血と汗との終焉、ついに俺はヤツを捕らえ、権力を手にしたのだ、やった、やったぞ!

 

そう、思った、0.5秒後には、ヤツは俺の手から消えていた。後ろ足の発達がすすんでいるヤツの跳躍力を俺はみくびっていたのだ。凄まじい力で小学3年生の小さな俺の手を蹴飛ばすと、やつは茶色い羽を広げ、ゆうゆうと夕日のあるほうへと消えて行った。

 

俺は唖然として、突っ立ったまま、しばらく小さくなって行くヤツをじっと見ていた。ヤツの笑い声が聞こえるような気がした。空は夕暮れで柿色に染まっている。コオロギが、鳴き始め、街からは5時を知らせるチャイムが聞こえる。

 

門限を超えてしまった。

 

僕は自転車にまたがり、帰路を急いだ。